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福岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)21号 判決

原告

学校法人高宮学園

右代表者理事

高宮行男

右訴訟代理人弁護士

篠崎芳明

被告

福岡県知事

奥田八二

右訴訟代理人弁護士

西山陽雄

右訴訟復代理人弁護士

市丸信敏

中山栄治

右指定代理人

西田浩文

外二名

主文

一  被告が原告に対し昭和六三年三月三一日付でした私立各種学校代々木ゼミナール小倉校の設置を認可しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は学校法人であり、被告は福岡県内の私立各種学校の設置を認可する権限を有するものである。

2  原告は、被告に対し、昭和六二年七月三一日、同六四年四月開校予定の私立各種学校「代々木ゼミナール小倉校」(北九州市小倉北区馬借一丁目二三五番二所在。以下「小倉校」という。)の設置認可申請をしたが、被告は、原告に対し、同六三年三月三一日、これを認可しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

3  しかし、本件処分は、以下のとおり、違法であるので、その取消しを求める。

(一) 旧憲法下では、私立学校は、国家的独占にかかる学校教育権の特許を受けてのみ設置することができるものと解されていた。しかし、学問の自由ないし教育の自由が認められている現行憲法下では、私人にも原則的に私立学校設置の自由が存するものと解される。無認可の各種学校の存在が禁止されていないことはその例証である。

また、教育を受ける権利の保障のため、国民は、自ら志望する大学・高校へ進学すること及びそのために最も自分にふさわしいと考える予備校に入学することも等しく保障されるべきである。

(二) 学校教育法(以下「学教法」という。)八三条二項、四条によれば、各種学校の設置については監督庁の認可を受けなければならないこととされる。同法には認可を拒絶することのできる場合の定めはないのであるが、同法の趣旨に鑑みれば、この認可制度は、教育を受ける権利を実質的に保障するため、設置される各種学校の設備及び編制等が一定の水準を満たすようにするため設けられたものと解される。

すなわち、学校設置は、原則として何人も自由になしうべき行為と解すべきであるが、これを無制限に認めると、物的設備や人的配置などが劣悪不十分な学校の設置により、学生に多くの不利益を与え、公益に反することとなるところから、国は、一定の基準に満たない学校の設置を例外的に認可せず、また、不認可にも拘らず教育を続ける者に対して教育の禁止を命令することができる(学教法八四条二項)。しかしながら、右認可制度は、公益保護のため、教育の自由を例外的に制限するものであるから、その解釈と運用も、その観点から制限的に行われなくてはならない。従って、水準を満たす限り、学校の設置を認可しなければならないことは当然であり、そうとすると、学校の設置認可の法的性質は、基本的には行政法学上の認可と解すべきである。このことは、学教法八四条一項本文が、いわゆる無認可校の存在を前提として、これに対して専修学校又は各種学校としての認可申請を勧告すべきものとしていること、すなわち、学校形態による教育が行われることを当然の前提とし、これを積極的に学校として認可しようとしていること(特許と解するときは、そのような教育を行うことを禁止しなければならない。)からも明らかである。

(三) 小倉校は、各種学校規程(昭和三一年一二月五日文部省令第三一号)等に定める基準をすべて充足している。

(四) 本件処分において、被告がその理由として挙げるのは、①福岡県内の大学等に進学する予備教育を行うことを目的とする専修学校及び各種学校の状況、②今後の中学校卒業予定者の見込みから予測される入学予定者の推移等、の二点である。

しかし、右の二点はいずれ本件処分の理由とはなりえない。

(1) 右①は、福岡県内の既存予備校の経営の安定をいうものと解されるところ、前記認可制度の目的は、右(二)にみたとおりであって、既存予備校の経営利益の保護にあるのではない。私立学校の経営基盤の安定については、私立学校振興助成法が制定されて配置がなされているうえ、私立学校の競業設置を認めることは、かえって、各校に教育の独自性や特色を備えさせ、教育水準が向上することが考えられる。他方、既存予備校の経営利益の保護を考慮すると、独占的利益を安易に容認し、既存予備校の教育水準を維持する努力を損わせるおそれすら生じる。北九州市についてこれをみるに、同市の既存予備校の認可定員計三八五〇名中北九州予備校(二校)が三三〇〇名を占めているのであって、本件処分が北九州予備校の独占的利益を安易に容認する結果となることは明らかである。

以上のとおりであるから、右①を設置認可の基準として考慮することは許されない。

(2) 今後予測される入学予定者の推移(前記②)を考慮してみても、福岡県内ないし北九州市内の予備校の定員が、小倉校の設置によって過剰になるようなことはなく、既存予備校に影響を与えるようなことはない。

まず、福岡県内の予備校に入学する生徒の出身地は山口県と九州全県に及ぶものであるところ、原告が設置している予備校代々木ゼミナール全校の昭和六三年の生徒のうち、北九州市周辺の出身者が七〇〇名、山口県の出身者が四〇〇名、大分県出身者が二〇〇名で、その合計が一三〇〇名であり、小倉校の申請定員一二六〇名を上回っている。また、代々木ゼミナール全校の生徒のうち、山口県及び九州全県の出身者は合計三七三二名であるところ、このうち代々木ゼミナール福岡校(以下「福岡校」という。)の在籍者一八〇七名を除いた一九二五名が小倉校に入学可能であり、従って、仮に将来二五%の生徒減(全国の一八歳人口は、平成四年に二〇五万人、同一四年には一五〇万人と予測される。)が生じるとしても、なお一四四三名の入学が確保されることとなる。

なお、福岡県内の予備校の立地としては、福岡市と北九州市の二地区があるが、福岡市と北九州市とは人口がほぼ同じであるにも拘らず、前者における予備校数七校、認可定員合計九七八〇名(久留米市を含めると、それぞれ一〇校、一万一〇〇〇名余)に対し、北九州市では、それぞれ四校、三八五〇名に過ぎず、いずれの点においても、北九州市は福岡市に比べて極めて少ないのであり、このような具体的状況を無視して、福岡県全体をひとまとめにして論ずべきではない。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因1、2の各事実は認める。

2(一) 同3(一)前段は争い、後段は認める。

(二) 同3(二)、(三)はいずれも争う。

(三) 同3(四)のうち、福岡市及び北九州市の予備校数及び認可定員並びに北九州予備校の認可定員がそれぞれ原告主張のとおりであることは認め、その余は、本件処分において、処分理由として、福岡県内の大学等に進学する予備教育を行うことを目的とする専修学校及び各種学校の状況並びに今後の中学校卒業予定者の見込みから予測される入学予定者の推移等の二点を挙げたこと、代々木ゼミナールの在籍者数及びその内訳並びに小倉校の申請定員数を除き、すべて争う。

なお、福岡市における認可定員が北九州市におけるそれよりも多いのは、伝統的な都市としての発展経過や都市圏としての人口、地域色を反映してのことであって、単純に両市の人口比率に応じた定員を認可しなければならないものではない。

(主張)

1 各種学校認可の法的性質は、行政法学上の特許である。

私立各種学校の設置については、監督庁たる都道府県知事の認可を受けなければならないとされているが、その法的性質は、行政法学上の分類による特許(設権行為)と解される。なぜなら、学教法一条に定める学校(以下「一条校」という。)を設置することが本来何人でも自由になしうべき行為とは解されないものであるところ、各種学校についても、一条校と同様認可が要求されている以上は、同様に解すべきであり殊に、本件における認可の対象は予備校であって、一条校である高等学校とその教育内容においても重複ないし補完する関係にあるからである。

ただし、私立学校の設置は、私学教育を受ける自由に対応することが考えられるため、右の認可は、特許といいながらも、いわゆる覊束裁量行為に属するものと解される。

2(一) 各種学校については、学教法施行規則七九条に基づいて定められた各種学校規程の適用があるところ、同規程二条は「各種学校は、この省令に定めるところによることはもとより、その水準の維持、向上を図ることに努めなければならない。」と、同九条一項は「各種学校の位置は、教育上及び保健衛生上適切な環境に定めなければならない。」と、それぞれ定めている。また、同規程の趣旨について、文部事務次官通達(昭和三一年一二月二七日文管振第四五三号)は、「1制度の趣旨」の(4)において、「一部の各種学校について、従来批判のあった営利的傾向について規制を加え、各種学校が良心的教育的に運営されるべきことを規定したこと。」としている。

以上の規定等を総合すると、各種学校の設置にあたっては、適正配置を考慮すべきであり、この適正配置の重要な要素として、同種の各種学校間の過当競争の防止が包含されているものと解される。過当競争によって地元中小予備校の経営不振に伴う教育水準の低下がもたらされることは避け難く、さらに、地元中小予備校が休・廃校に追い込まれるようなことになれば、生徒の選択の幅を狭めることにもなるからである。

(二) また、高等学校については、高等学校設置基準(昭和二三年一月二七日文部省令第一号)が定められているが、具体的な基準の設定については、都道府県監督庁に、学教法の目的を実現するため、当該地域の実情に応じた比較的ゆるやかとも思える裁量権が認められている(同基準二、三条参照)。このことは、当該監督庁が知育をはじめとする人格の完成をめざす高等学校教育(学教法四二条参照)において、当該地域民に対し、適切な就学の機会を確保するとともに、健全な高等学校教育の発展のために適切な措置を講じうることを示している。

ところで、高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする(学教法四一条)ものである。他方、各種学校は、学校教育に類する教育を行う教育施設であり、その一である予備校は、一次的には、大学受験生に対し大学受験に必要な学科を教授し、これに合格できる学力の完成を目的とするものであるが、併せて、生徒の教養を高めることをもその目的としているものである(代々木ゼミナール学則一条参照)。従って、予備校における教育の目的及び内容は、高等学校におけるそれと重複ないしはそれを補完するものといえるのであり、このことに照らせば、予備校の設置については、形式的には高等学校設置基準の直接の適用はないにしても、これを十分に考慮して行うべきものと解される。

(三) そこで、小倉校の設置が福岡県内の予備校における教育に及ぼす影響について検討する。

いわゆる地元校は、全国規模の予備校(以下「大手校」という。)が福岡県に進出する以前の昭和五五年には一九校あったが、大手校進出後の昭和五六年及び同五八年には地元校がそれぞれ一校廃校し、また、同五九年、同六〇年及び同六二年にはそれぞれ一校が休校したため、昭和六三年教育活動をしている地元校は一四校に減少した。また、県内の予備校生の総数は、ほぼ一万一〇〇〇ないし一万二〇〇〇名で推移しているが、福岡県内の大手校が二校となった昭和六一年には、大手校の在校生が約三九〇〇名に対し地元校が約八〇〇〇名、同六二年には大手校約四四〇〇名に対し地元校が約八一〇〇名と、大手校が三分の一を占めるに至っており、特に、大手校の位置する福岡地区においては、大手校が約六〇パーセントを占めるに至っている。

以上の状況に加え、予備校に入学する生徒の数は将来大幅に減少することが予想されるのであるから、この上さらに小倉校の設置を認めることは、地元校の衰退に拍車をかけ、福岡県内の受験生の選択の幅を狭めてその学ぶ自由を抑制するとともに、教育の質の低下を招くことは避けられない。

なお付言するに、原告は、代々木ゼミナール福岡校の設置にあたって認可された定員を著しく超えて生徒を入学させている。すなわち、原告は、昭和六一年に福岡校を設置する際、被告に対し、認可定員を厳守する旨確約したにも拘らず、設置当初から別科を利用して定員を潜脱し、別科の定員七五〇名に対し、八六二名の入学を許し、うち五〇〇名前後(推定)については本科同様の扱いをしていた(本科については、認可定員七五〇名に対し八九七名を入学させている。)。さらに、本科定員七五〇名に対し、昭和六二年には一七九八名、同六三年には一八〇七名を入学させ、別科を用いることもせずに堂堂と定員破りをしている。

3 福岡県内には、すでに、原告の設置した福岡校が存在し、福岡県内で同ゼミナールの教育を受けることは現状でも可能である。北九州地区から福岡校への通学時間は一時間余であるから、通学圏内にあるといえる。従って、小倉校の設置不認可が北九州地区の学生に特に不利益を与えるものとは思われない。

4 被告は、私立学校法八条に基づいて、小倉校の設置認可につき、福岡県私立学校審議会に意見を求め、同審議会は昭和六三年三月二九日、全員一致で、認可することは適当でない旨の答申をした。

5 以上によれば、本件処分は適法であって、何ら取り消す理由はない。

三  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張1は争う。

2(一)  同2(一)は主張の規則、規程、通達の存することは認め、その余は争う。

まず、被告主張の文部事務次官通達の条項と被告主張の適正配置との間には何の関連もない。

次に、各種学校規程二条に定める「水準の維持・向上」を被告主張の適正配置の根拠とすることもできない。学校間の良い意味での競合・競争が水準の維持・向上をもたらすのであって、特定の予備校が行政に働きかけて他の予備校の認可をさせないことにより独占的経営をするならば、その予備校は水準の維持・向上を怠り、受験生に不利益をもたらすことになる。

さらに、同規程九条一項に定める「位置」の条項は、教育を受けるに相応しい環境の場所に学校を設置すべしという都市環境的配慮を求めているに過ぎず、これをどのように読んでも、中小予備校の経営不振を配慮すべしとしたものとは到底いえない。

各種学校が自由な競争により切磋琢磨し、その結果ある各種学校が廃校に至ったとしても、それは止むを得ないものであって(文部省高官も同意見である。)、その結果受験生は何らの迷惑を被るはずがないのであり、逆に合理的根拠のない適正配置なる基準を理由に自らが学びたい学校での授業を受けられないこと以上の不利益はない。

(二)  同2(二)は争う。

高等学校設置基準に適正配置条項が存在するかの議論は措くとしても、予備校と高等学校との教育内容が同質であるからその設置基準も十分に考慮しなければならないという議論は、監督庁が学校教育のあらゆる分野で「同質」という極めて曖昧な基準によって対応することを容認することになり、教育の自由への行政の介入の危険があるばかりでなく、予備校に対する公的助成も、高等学校に対すると同様に行うべきことになるなど、現場に大きな混乱を生じさせるおそれがある。

また、一条校は、各種学校とはその目的・規制が異なる。

(三)  同2(三)のうち、代々木ゼミナール福岡校の本・別科の認可定員及び入学者数は認め、別科生のうち五〇〇名前後の実態が本科生と同様との事実は否認する。その余はすべて争う。福岡校の昭和六一年の本科入学者は県の指導方針の許容範囲内であるし、同六二年、六三年については、原告が予め被告に対してした定員増申請及びこれに関する交渉経過を踏まえたものである。また、仮に被告主張のような休・廃校があったとしても、それが直ちに大手校の設置に起因するものとはいえない。

3  同3は争う。小倉駅から博多駅までの普通電車による所要時間は片道一時間二七分であり、駅までの時間を考慮すると往復四時間は要することとなるうえ、定期代が一か月一万五〇五〇円必要となり、このような時間的・経済的負担は受験生にとって著しい不利益というべきである。

4  同4の事実は認める。

しかし、同審議会の答申も被告主張と同様適正配置を理由とするものと考えられるから、本件処分の理由に対する批判がそのままあてはまる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二学校教育法(学教法)は、四条で一条所定の学校(一条校)の設置等について監督庁の認可を要するものと定め、八三条二項でこれを同条一項の各種学校に準用し、私立各種学校にあっては、同法三四条、私立学校法四条二号、六四条一項及び五条一項一号により、都道府県知事が右認可等の権限をもつものとされている。

ところで、この各種学校の設置認可の実体的要件について、学教法及び私立学校法は具体的な基準を定めておらず、学教法及び同法施行規則を受けて制定された各種学校規程(昭和三一年一二月五日文部省令第三一号)が、各種学校の施設、設備、教員組織等について基準を定めているのみである。

そこで、この点につき検討するに、まず、一条校における教育は、教育基本法六条にいう公の性質をもつものとして国が相当程度その運営に関与することが同法及び学教法上予定されているのに対し、各種学校における教育は学教法上これと明確に区別されていること、即ち、一条校においては、学教法が、これを設置できるものを国、地方公共団体及び学校法人に限定するとともに(同法二条)、各学校の種類ごとにその目的、性格、修業年限、組織編制等について体系的に規定しているのに対し、各種学校については、同法の規則中に規定を置き、設置の認可等一条校に関する若干の規定を準用するほか、必要な事項は監督庁がこれを定めるものとしており(同法八三条)、設置についての人格上の制限もない(各種学校には同法二条の準用がない。)等一条校に比べその取扱いに格段の差異があること、そして、同法及び各種学校規程の趣旨に照らせば、各種学校の設置等を監督庁の認可にかからせたのは、その教育水準の維持、向上を図ることによって、そこに学ぶ生徒の教育を受ける権利を実質的に保障することにあると解されること、更に、憲法上職業選択の自由が原則的に認められ、また、公の性質をもつ教育にあっても私学教育の自由が一定限度認められること(最高裁判所昭和五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号六一五頁参照)に鑑みれば、少なくとも私立各種学校に関する限り、その教育活動は原則として自由と解され、さすれば、設置認可を受けるための要件としては、学校教育に類する教育を行うもの(専修学校の教育を行うものを除く。)で、原則として各種学校規程に定められた基準を満たすものであることをもって足りるというべきであり、同規程に定める要件を満たすか否かの判断につき、各種学校に学ぶ生徒の教育を受ける権利を実質的に保障するとの観点から知事に一定の裁量権のあることは当然であるが、それ以外の事情を考慮することは許されないものというべきである。

三以上の判断をもとにして、以下本件処分の違法性の有無を検討する。

1(一)  成立に争いのない甲第二号証によれば、被告が原告に対し通知した本件処分の理由は、「福岡県内の大学等に進学する予備教育を行うことを目的とする専修学校及び各種学校の状況並びに今後の中学校卒業予定者の見込みから予測される入学予定者の推移等から勘案すると当該設置計画は現状では適当でないものと認められる。」とするものであったことが認められる。

右の理由の趣旨は、それのみでは必ずしも明確でないが、被告の主張によれば、県内における認可定員の過剰をもたらすような予備校の設置、殊に原告申請の小倉校のような大手校の設置は、将来入学対象者の減少が見込まれる現状においては、予備校間の過当競争による大手予備校の独占経営ないし生徒の大手校への偏在となって中小規模の地元校の経営難、延いてはその休廃校をもたらし、これらは教育水準の低下、生徒の選択の幅を狭める等の結果を将来し、生徒の教育を受ける権利を実質的に阻害するおそれが存するから、認可にあたってはその点を考慮した「適正配置」を考えるべきであるという点にあるもののようである。そこで、以下、これを本件処分の理由とみて、このような事柄を予備校設置の認可の可否を決するに当たって考慮することが許されるかどうかという観点から、検討することとする。

(二)  まず、小倉校の設置が福岡県内の予備校における教育の水準に及ぼす影響について検討するに、小倉校の設置によって福岡県内の予備校間に現在より激しい競争がもたらされ、その結果仮に一部の予備校について経営難が生じたとしても、そのことによって直ちに県内の予備校の教育水準が全般的に低下するとは考え難く、むしろ、競争が生じることにより、既存の各予備校においても生徒獲得のための努力が必要となるため、各予備校の特色が明らかになり、あるいは教育水準が向上することが期待される。また、仮に一部の予備校について経営難から教育水準の低下が生ずることがあるとしても、予備校においては他校に転学することは容易であり、総体的には競争による利益がこれに優るものと思料される。

次に、被告の主張は、小倉校が設置されると、従来なら地元校に入学するはずであった相当数の生徒が、小倉校を選択することを前提にしたものと解するほかはないところ、小倉校の設置が認可されないことによって、これらの生徒の選択の幅が狭められることになることを考えれば、本件処分が生徒の選択の幅を保障するものである旨の被告の主張は、合理的とは解されない。

また、被告は、小倉校の設置が大手校による独占をもたらす旨の主張をするが、そもそも、独占の有無は、特定の一校の全体に対する割合をもってはかるべきものであるから、被告の主張するように、県内の予備校を大手校と地元校に分類してその比率をみることは意味のないものというほかないうえ、北九州市内の予備校の現在の認可定員合計三八五〇名のうち、北九州予備校の認可定員が三三〇〇名であることは当事者間に争いがないので、結局この点についての被告の主張も不認可の理由として肯認することのできるものとはいい難い。

(三)  次に、被告は、各種学校規程二条、九条一項及びその存在及び内容について当事者間に争いのない文部事務次官通達(昭和三一年一二月二七日文管振第四五三号)「1制定の趣旨」(4)を根拠として、設置認可に関する処分に際し前述したように「適正配置」を考慮すべき旨主張する。もっとも、被告の主張する処分理由は、福岡県全体の認可定員を問題にするものであり、右主張による限り、福岡県内では、その場所のいかんに拘らず、設置の認可は受けられないこととならざるを得ないのであるから、これをもって「適正配置」の問題であるというのは用語としての正確性を欠くというべきではあるが、この点はともかく、右の各規定中、設置の位置について直接定めているのは各種学校規程九条一項(「各種学校の位置は、教育上及び保健衛生上適切な環境に定めなければならない。」)のみであるところ、同条項は、個々の各種学校が、それ自体として、適切な環境の中に設置されるべきことを定めたに止まるのであって、他の同種校との関係についてまで定めたものと解することは到底できない。また、同規程二条(「各種学校は、この省令に定めるところによることはもとより、その水準の維持向上を図ることに努めなければならない。」)や前記文部事務次官通達「1制定の趣旨」(4)(「一部の各種学校について、従来批判のあった営利的傾向について規制を加え、各種学校が良心的教育的に運営されるべきことを規定したこと。」)も、各種学校それぞれが、各自の経営努力によって、その水準の維持、向上や良心的教育的運営を図るべきことを定めたもので、これを設置することが同種校の水準や運営姿勢に影響を及ぼすことを理由に、否定的な評価をする余地を残した規定であるとは考えられないところである。

なお、被告は、予備校における教育の目的及び内容は、高等学校における教育の目的及び内容と重複し、あるいはそれを補完するものであるから、予備校の設置認可に関する処分にあたっては、高等学校設置基準(昭和二三年一月二七日文部省令第一号)を十分考慮すべき旨主張する。しかし、高等学校設置基準中に、被告の主張する適正配置の根拠となるべき規定を見出すことはできないうえ、そもそも、高等学校を含む一条校と各種学校とは、前記のとおりその法的地位に明確な差異があり、この差異に応じて、これらに対する規制も異なるべきことを法が当然に予定しているものと解せられるのであるから、高等学校設置基準を各種学校たる予備校の設置認可に関する処分にあたって当然に考慮すべきものということはできない。

以上のとおり、被告が挙げる各規定は被告の主張を支えるものではなく、各種学校規程上、他に被告主張の処分理由を積極的に基礎づける規定を見出すことはできない。

2  なお、本件処分の理由は、実質的には、福岡県においては予備校の定員が十分であるから新しく設置する必要がないこと、あるいは、小倉校の設置によって影響を受けるべき地元校の経営基盤の保護にあるものと解されないではない。

しかしながら、被告は、福岡県においてすでに予備校の定員を充足する状態にあることについて具体的な主張をしていないばかりか、そもそも前述したように各種学校設置認可の制度は、その教育水準の維持、向上を図ることによって、そこに学ぶ生徒の教育を受ける権利を実質的に保障することをその目的とするものと解されるから、単に必要がないとの理由で設置を不認可とすることは、いたずらに生徒の選択の幅を狭めるものとして許されるものではなく、また、他の各種学校の経営基盤の保護をその目的とすることが許されないこともすでに述べたところから明らかである。

3  被告は、原告が設置した福岡校において、認可定員を大幅に超過する生徒を入学させている旨主張しているところ、その主張の趣旨は明確ではないが、強いて善解すれば、原告には各種学校の設置者としての適格がないとの主張とみられないでもない。

そこで検討するに、福岡校における認可定員(本科生)が昭和六一年から同六三年まで七五〇名であったこと、これに対し、原告が実際には、同六一年には八九七名、同六二年には一七九八名、同六三年には一八〇七名を入学させたこと及び同六一年には別科の定員七五〇名に対し八六二名を入学させたことはいずれも当事者間に争いがないが、そもそも各種学校の設置者としての適格の有無は過去の教育の実績その他諸事情を総合して判断されるべき事柄であって、右認定の事実のみをもって原告につき適格がないものとすることはできない。

4  以上によれば、被告の主張する本件処分の理由は、各種学校規程に根拠を有せず、結局本件処分は、考慮すべきでない事項を考慮してなされたものとして、違法のものというべきである。

四以上によれば、原告の本件請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官堂薗守正 裁判官倉吉敬 裁判官久保田浩史)

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